公開日 2026年4月16日
『日本書紀』雄略天皇九年秋七月に、田辺史伯孫をめぐる話が記されています。これが、「赤馬伝説」と呼ばれる話です。そこには、次のようなことが記されています。
秋七月の壬辰の朔に、河内国が言さく、「飛鳥戸郡の人田辺史伯孫が女は、古市郡の人書首加竜が妻なり。伯孫、女の児産めりと聞き、往きて聟の家を賀ぎて、月夜に還り、蓬蔂丘の誉田陵の下に、蓬蔂、此には伊致寐姑と云ふ。赤駿に騎れる者に逢ふ。其の馬、時に濩略して竜のごとく翥び、欻に聳擢して鴻のごとく驚く。異体は峰のごとく生り、殊相は逸として発てり。伯孫、就きて視て、心に欲す。乃ち乗れる驄馬に鞭ちて、頭を斉しくして轡を並ぶ。爾して乃ち、赤駿、超攄して埃塵を絶ち、駆騖して滅没するよりも迅し。是に驄馬、後れて怠足して、復追ふべからず。其の駿に乗れる者、伯孫が所欲を知り、仍りて停めて馬を換へ、相辞りて取別れぬ。伯孫、駿を得て甚だ歓び、驟せて厩に入り、鞍を解きて馬に秣ひて眠たり。其の明旦に、赤駿、変りて土馬に為れり。伯孫、心に異しびて、還りて誉田陵に覓むるに、乃ち驄馬の土馬の間に在るを見る。取りて、代へて換りし土馬を置く」とまをす。
秋七月一日に、河内国が申し上げるには、「飛鳥戸郡の人田辺史伯孫の娘は、古市郡の人書首加竜の妻です。伯孫は、娘が子を産んだと聞いて、婿の家へ行ってお祝いし、月夜に帰りました。(その途中、)蓬蔂丘の誉田陵の下で、赤馬に乗った人に逢いました。その馬は、時に竜のように身をくねらせて跳びはね、突如として鴻のように驚きます。その異様な体格は峰のようにそびえ、特異な姿は見たこともないようなものです。伯孫は近寄ってこの馬を見て、なんとか自分のものにしたいと思いました。そこで、自分の乗っていた葦毛の馬に鞭を当て、赤馬と頭をそろえて轡を並べ(競争することにし)ました。しかし、赤馬は跳び上がるや埃も残さず、駆け巡るさまは一瞬にして見えなくなるような速いものでした。伯孫の葦毛の馬は足が遅く後れて、とても追い付くことはできませんでした。その馬に乗っていた人は、伯孫の願いを知ると、立ち止まって馬を交換し、あいさつをして別れました。伯孫はこの馬を手に入れてたいそう喜び、赤馬を走らせて家に帰り、厩に入れました、そして、鞍をおろして馬に秣を与えて眠りました。ところが、その翌朝、赤馬は埴輪の馬に変わっていました。伯孫は不思議に思って、誉田陵のところまで戻ったところ、(自分の)葦毛の馬が埴輪の馬の間にいるのをみつけました。そこで、馬を取り換えて代わりにあの埴輪の馬を置いてきました。」ということです。
(安村)
a 御崎馬(宮崎県都井岬)
b宮古馬(沖縄県宮古島)