【広報コラム】「日本近代の児童福祉と柏原」(2026・6)

公開日 2026年5月26日

 大正時代、世界有数の大都市に発展しつつあった大阪では、近代化の影の部分としての「社会問題」について、「社会」全体で改善に取り組んでいくべきと考え、努力を重ねた人たちがいました。その中心にいたのが、時の大阪府知事で、明治維新の立役者、大久保利通(としみち)の子である利武(としたけ)でした。
 警察官の武田慎治郎は、取締りだけで「社会問題」が解決しないことを痛感し、利武のすすめによって府立修徳館(現 修徳学院)の館長に転身して、現在でいう児童福祉の道に入ります。そして、武田は、大正12(1923)年に修徳館の郊外(現 本市高井田)への移転を実現。3年後(今からちょうど百年前)、館長を退職すると、高井田に私設の「武田塾」を開設し、地域の子どもたちにも門戸を開いて、先進的な教育プログラムを展開しました。また、その前年には、武田の招きで修徳館を度たび訪れていた国分阿弥陀寺の住職、伊藤宗順(そうじゅん)が、境内に司法少年保護団体南河学園を開設しています。これに、昭和14(1939)年に大阪市が設置した郊外学園長谷川小学校をあわせて、現在の柏原市内には4つの児童福祉施設があり、地域のなかで、今日まで実践を重ねてきました。
 今年度の歴史資料館 夏季企画展では、これらの施設に伝えられた貴重な資料を中心に、特産のぶどうとともに柏原の近代史を特徴づける(児童福祉のまち)としての要素を読み解き、ひいては、明治・大正・昭和の日本のあゆみをたどりたいと思います。

武田慎治郎先生記念碑

▲武田慎治郎先生記念碑(大久保利武 揮毫(きごう))

(2026年6月号掲載) 

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