【広報コラム】「松岳山(まつおかやま)古墳と茶臼塚(ちゃうすづか)古墳の関係は?」(2026・9)

公開日 2026年8月27日

 大和川に面した丘陵には柏原市最大の前方後円墳の松岳山古墳があり、古墳時代前期にはそれを中心に6基以上の古墳が造られ松岳山古墳群を形成していました。うち現存するのは松岳山古墳と、その前方部に接する茶臼塚古墳になります。 ここで、陪塚(ばいちょう)について紹介いたします。陪塚とは、主に大型古墳に近接して造られた中小型古墳のことを指し、その被葬者は大型古墳の被葬者に近い人物ではないかと推測されています。しかし、陪塚についての研究は長年されているものの、何をもって陪塚とするのかという確実な定義はまだ示されていません。また、陪塚とされていた古墳のほうが築造時期が早かったという例もあることから、距離的に近いという点だけで陪塚だと判断することは難しいのが現状です。そのため、古墳同士の関係性を考察する際には副葬品や墳丘規模などが注目されます。
 松岳山古墳と茶臼塚古墳はどのような関係なのでしょう。この2基からそれぞれ鰭付楕円筒埴輪(ひれつきだえんとうはにわ)が出土していること、板状石材を積んで墳丘を造る積石塚であるなどの共通点があり、被葬者間のつながりは強かったと考えられます。一方で、松岳山古墳の埴輪が厚手なのに対して茶臼塚古墳のものは小型で薄いことなどの相違点が見られます。
 茶臼塚古墳が松岳山古墳の陪塚であるかは、今後の調査や研究で明らかになるかもしれません。

松岳山古墳前方部テラス ▲松岳山古墳前方部テラスの楕円形埴輪と茶臼塚古墳(手前)

(2026年9月号掲載) 

これまでの広報コラム

 資料館アクセス資料館TOP

お問い合わせ

文化財課
TEL:072-976-3430
戻る