公開日 2026年9月25日
更新日 2026年9月25日
柏原から下流の大和川は、宝永元年(1704)に造られた人工の川です。大和川は、まっすぐ西へと流れていると思っている方も多いと思いますが、よく見ると、くねくねと曲がりながら西へと流れています。とりわけ、海に近いところで大きく南に湾曲しています。人工の川ならば、まっすぐ流したほうが工事も簡単にできるように思いますが、実際にはくねくねと曲がっているのです。どうしてでしょうか?
新しい大和川を造るとき、幕府はできるだけ工事を簡単にすませようと考えました。簡単に造ったほうが、早く工事が終わり、費用も安くすむからです。
大和川が南に湾曲しているのは、付け替え前からあった依羅池(よさみいけ)を横切り、南東から北西へと流れる狭間川(はざまがわ)という川を利用したからなのです。この付近で大和川を西へ流すためには、上町台地という堅い高台を掘り下げなければなりませんでした。そこで、沼のようになっていた依羅池を通し、狭間川の流れを掘り広げれば、堅い台地を掘る部分が少なくなります。そのため大和川は南に湾曲しているのです。それ以外のところでも、できるだけ川底を掘らずに造っています。掘るのが大変だからです。
大和川をどこに流せばいいのか。秋季企画展「大和川の流れ~つけかえと新大和川のルート~」では、その新大和川のルートについて考えています。みなさんもいっしょに考えてみませんか。

▲川違新川図(柏原市指定文化財 中家文書)
(2026年10月号掲載)