文化・スポーツ

  • 柏原船3

    柏原船運航開始  柏原船は、株式組織で運営されました。船仲間を組織し、船の建造などの準備を進めたうえで、寛永13年(1636)の秋から営業を開始しま...
    (2017年1月25日 文化財課)
  • 柏原船2

    柏原船の運航へ  柏原村が二度の洪水に襲われたころ、村は幕府領で、平野の末吉孫左衛門長方が代官を勤めていました。孫左衛門は、柏原村を自力で復興させる...
    (2017年1月16日 文化財課)
  • 柏原船1

    くり返される洪水  今の大和川は、宝永元年(1704)に付け替えられた人工の川であることは、みなさんご存知のことと思います。付け替え前の大和川は、現...
    (2017年1月10日 文化財課)
  • 堤を築く10

    大和川のつけかえ工事  堤防の発掘調査成果から、大和川のつけかえ工事の実態について考えてきました。つけかえ工事は、宝永元年(1704)の2月から10...
    (2016年11月7日 文化財課)
  • 2.松岳山古墳群

    それぞれの古墳 古墳一覧表 船氏王後墓誌 松岳山古墳群の変遷と玉手山古墳群 松岳山古墳群の造営集団  松岳山古墳群(まつお...
    (2016年10月25日 文化財課)
  • 堤を築く8

    土を積む  小山平塚遺跡の調査では、堤防の盛土に良質の粘土が使用されていました。しかし、船橋遺跡や長原遺跡では、砂質土が積み上げられていました。「川...
    (2016年10月25日 文化財課)
  • 堤を築く7

    堤の形と大きさ  長原遺跡では、カマボコ状の堤防だったのではないかとされていますが、ほかの3箇所で確認された堤防は、いずれも美しい台形断面でした。長...
    (2016年10月17日 文化財課)
  • 堤を築く6

    長原遺跡の調査より  1994年、右岸にある笠守樋の撤去に伴って、大阪市平野区川辺でも調査が行われています。笠守樋は、新大和川によって水脈が断たれた...
    (2016年10月12日 文化財課)
  • 堤を築く4

    小山平塚遺跡の調査より  1988年に藤井寺市小山の左岸堤防で、小山雨水ポンプ場建設に伴う発掘調査が実施されています。この調査は、大和川堤防の発掘調...
    (2016年9月29日 文化財課)
  • 堤を築く3

    船橋遺跡の調査より  1997年に、藤井寺市北条町で左岸堤防を断ち割って断面調査が実施されています。これは、水はけの悪い北条地区の雨水を排水するため...
    (2016年9月19日 文化財課)