文化財課
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業務内容
- 文化財の調査及び保存に関すること。
- 指定文化財の管理及び指導に関すること。
- 文化財の愛護の推進啓発に関すること。
- 歴史資料館に関すること。
新着情報一覧
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安宿郡の古代寺院 安宿郡には多数の古代寺院がありました。賀美郷に河内飛鳥寺跡、尾張郷に片山廃寺、五十村廃寺、円明廃寺、資母郷に原山廃寺、田辺廃寺、...(2019年5月5日 文化財課)
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平成30年度、柏原の今町地区は文化庁の文化遺産総合活用推進事業の補助金交付をうけて所有する地車(だんじり)の修復を行いました。この地車は黒田神社(柏原市...(2019年4月28日 文化財課)
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安宿郡の終末期古墳 安宿郡には、玉手山古墳群、松岳山古墳群などの前期古墳が多数みられますが、中期になると古墳は少なくなり、後期になると安福寺横穴群...(2019年4月28日 文化財課)
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近つ飛鳥と安宿郡 みなさんは近つ飛鳥と聞いて、どのような風景を思い浮かべるでしょうか。推古天皇陵や聖徳太子墓のある太子町の風景でしょうか。それとも...(2019年4月22日 文化財課)
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鳥坂寺(とさかでら)出土の線刻平瓦 歴史資料館の北西に、史跡鳥坂寺跡があります。ここから昭和36年度に出土した平瓦に文字が線刻されていました。瓦が...(2019年4月15日 文化財課)
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安宿郡(あすかべぐん)の範囲 安宿郡は、柏原市南部と羽曳野市南東部の一部であったと考えられます。具体的には、北は大和川、東は大和との国境、西は石川...(2019年4月8日 文化財課)
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安宿郡(あすかべぐん)とは 柏原市の南東部と羽曳野市の南東部は、古代に安宿郡(あすかべのこおり・あすかべぐん)と呼ばれました。この安宿郡がどのよう...(2019年3月31日 文化財課)
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展示期間 平成30年10月2日から平成31年3月17日 ※期間中、資料保護のため以下の日程で展示替えを行いました。 第1期:平成30年10月...(2019年3月19日 文化財課)
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2018年(平成30年) 1~2月 『瓦師 松井四郎兵衛』 「松井四郎兵衛」(まついしろべえ)は、今からおよそ300年前の江戸時代の半ば、現...(2019年2月3日 文化財課)
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文化庁が文化遺産を活用した地域活性化に係る取組への支援として行っている補助事業「地域文化遺産活性化事業」の説明会を開催します。文化庁からの補助金を希望され...(2019年1月31日 文化財課)
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源平合戦以来の又兵衛の手柄(2015/3/28) 大坂夏の陣において柏原市域でおこなわれた小松山の戦い、その駆け引きは、慶長二十年(一六一五)五...(2019年1月28日 文化財課)
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柏原市立歴史資料館では、毎年、体験教室「わらぞうりを作ろう」を開催しています。 参加希望の方は、歴史資料館へ電話(072-976-3430※資料館は新年...(2018年12月28日 文化財課)
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末吉康三郎氏文書が寄託されました。 大阪市平野区の末吉家といえば、平野七名家の一つで、柏原村の代官を務めた末吉孫左衛門長方が有名です。長方のとき...(2018年12月28日 文化財課)
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「大和川分水築留掛かり」のその後 築留(つきどめ)樋組(ひぐみ)は、規約を変え、かたちを変えながら現在の築留土地改良区へと続いています。この間に何...(2018年12月2日 文化財課)
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竹原井頓宮(たかはらいのとんぐう)とは、奈良時代に柏原市内にあったと考えられている天皇の仮の宮のことです。奈良時代の歴史が記された『続日本紀』には「養老...(2018年11月25日 文化財課)
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青谷式軒瓦 瓦は調査地全域、とりわけ建物1の雨落溝周辺から多く出土しています。そしてそれらの大半を占める複弁七葉蓮華文と均整唐草文軒平瓦のセットは...(2018年11月25日 文化財課)
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青地樋組との争い 築留(つきどめ)樋組(ひぐみ)は、河内において最も上流で新大和川から取水する用水になります。これより下流には、三番樋の下流約15...(2018年11月25日 文化財課)
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高取藩 大和国高取藩は、今の奈良県高市郡高取町にあり、高取城を中心とした藩でした。天正年間に本多利久が高取城の整備・拡張に努め、寛永17年(164...(2018年11月18日 文化財課)
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これからの「大和川分水築留掛かり」 このように流域の村々の用水として守られてきた長瀬川と玉串川ですが、流域の田畑が少なくなり、かんがい用水を送ると...(2018年11月18日 文化財課)
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「大和川分水築留掛かり」と経済 旧大和川の久宝寺川を中心に、剣先(けんさき)船(ぶね)という船が行きかっていました。その名のとおり先端が剣のように...(2018年11月18日 文化財課)
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「大和川分水築留掛かり」の組織 「大和川分水築留(つきどめ)掛(か)かり」は、付け替え翌年の宝永2年から動き出したと考えられますが、正式に「築留(...(2018年11月11日 文化財課)
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柏原藩 丹波国柏原(かいばら)藩は、現在の兵庫県丹波市柏原町、もとの氷上郡柏原町にあたります。慶長3年(1598)に、織田信包(のぶかね)が伊勢国...(2018年11月11日 文化財課)
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岸和田藩 和泉国岸和田藩は、大阪府岸和田市にあった藩です。豊臣秀吉のときに、中村一氏が岸和田城主になったことに始まります。中村氏のあと小出氏、松平...(2018年11月4日 文化財課)
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「大和川分水築留掛かり」の維持管理 「大和川分水築留(つきどめ)掛(か)かり」の用水は、流域75か村によって維持管理されていました。当初は66か村...(2018年11月4日 文化財課)
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三田藩 摂津国三田藩は、今の兵庫県三田市周辺にありました。天正10年(1582)に山崎片家が三田城主となったことに始まり、山崎氏のあと、有馬氏、松...(2018年10月28日 文化財課)
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「大和川分水築留掛かり」の仕組み 「大和川分水築留(つきどめ)掛(か)かり」は、築留堤防に設けられた3基の取水(しゅすい)樋(ひ)によって、新大和...(2018年10月28日 文化財課)
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山下寺の次に参拝された大里寺は、柏原市大県4丁目の大県廃寺がその遺跡と考えられています。「おおさとでら」と呼んでいますが、正しくは「だいりじ」の可能性も...(2018年10月21日 文化財課)