文化財課

  • 業務内容

    • 文化財の調査及び保存に関すること。
    • 指定文化財の管理及び指導に関すること。
    • 文化財の愛護の推進啓発に関すること。
    • 歴史資料館に関すること。

新着情報一覧

  • 堤を築く7

    堤の形と大きさ  長原遺跡では、カマボコ状の堤防だったのではないかとされていますが、ほかの3箇所で確認された堤防は、いずれも美しい台形断面でした。長...
    (2016年10月17日 文化財課)
  • 駒ヶ谷狐塚古墳

     墳丘長92mの前方後円墳と推定されていますが、詳細は不明です。1964年に北野耕平氏が一部で調査を実施し、その後、破壊され現存しません。 埋葬施設...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山4号墳

     3号墳の南西にある、墳丘長50m程度で比較的小規模な前方後円墳だったようです。十分な調査がされないまま、開発によって破壊されてしまいました。 埋葬...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山5号墳

     4号墳の南東にある前方後円墳です。こちらも破壊され現存しません。墳丘長は75mと推定されていますが、もう少し小さかった可能性もあります。埴輪がほとんど確...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 駒ヶ谷宮山古墳

    駒ヶ谷周辺について  玉手山丘陵の南側、駒ヶ谷周辺には3基以上の前方後円墳と数基の円墳が存在したようですが、駒ヶ谷宮山古墳以外は1960年代の開発に...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山7号墳

     6号墳のすぐ南の前方後円墳です。後円部は市立玉手山公園の東(国分側)入口を入ってすぐのところ、前方部は安福寺の境内にあります。2000年から02年の調査...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 駒ヶ谷北古墳

     墳丘長55mの前方後円墳とされます。1963年に木棺や銅鏡が露出しているのが発見され、翌年大阪大学によって調査が実施されています。 埋葬施設 ...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山8号墳

     7号墳から100mほど南の玉手山丘陵最高所に位置する前方後円墳です。墳丘東側は、貯水タンク設置などで地形が改変、西側は1982年以降の地滑りによって前方...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山1号墳

     玉手山丘稜の北端にあり、墳丘長110mの前方後円墳です。これまでに関西大学、大阪府教育委員会、柏原市教育委員会、大阪市立大学によって調査が実施されていま...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山2号墳

     1号墳の南、後円部に近接して築造された前方後円墳です。わずかに出土した埴輪から考えると、1号墳に若干先行するかと考えられますが、よくわかりません。墳丘長...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山6号墳

     5号墳の南にあった前方後円墳です。もともと後円部墳頂にらせん状の滑り台がありました。この古墳も1960年に関西大学が調査し、その後、造成により現存しませ...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山9号墳

     古墳群の南寄り、現在の西名阪自動車道の北側にあります。墳丘は全長64.6m、後円部直径33.2m、後円部高さ5.7m、前方部幅17.7m、前方部高さ2....
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山3号墳

     柏原市老人福祉センター「やすらぎの園」の南にある前方後円墳で、勝負山古墳ともいいます。江戸時代には「松山」と呼ばれ、後円部墳頂に1本の大きな松があったよ...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 玉手山10号墳

     北玉山古墳の名称で広く知られる前方後円墳です。 10号墳復元案 過去の調査 1952年 後円部の竪...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 古墳一覧表

    玉手山古墳群 古墳名 【墳形】 墳丘長 後円部径 後円部高 前方...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 1.玉手山古墳群

    形成時期 築造順 過去の調査 築造順にみるそれぞれの古墳 駒ヶ谷周辺の古墳 玉手山古墳群のその後 古墳一覧表  今...
    (2016年10月16日 文化財課)
  • 堤を築く6

    長原遺跡の調査より  1994年、右岸にある笠守樋の撤去に伴って、大阪市平野区川辺でも調査が行われています。笠守樋は、新大和川によって水脈が断たれた...
    (2016年10月12日 文化財課)
  • 堤を築く4

    小山平塚遺跡の調査より  1988年に藤井寺市小山の左岸堤防で、小山雨水ポンプ場建設に伴う発掘調査が実施されています。この調査は、大和川堤防の発掘調...
    (2016年9月29日 文化財課)
  • 文化財課

    業務内容 文化財の調査及び保存に関すること。 指定文化財の管理及び指導に関すること。 文化財の愛護の推進啓発に関すること。 歴史資...
    (2016年9月20日 文化財課)
  • 堤を築く3

    船橋遺跡の調査より  1997年に、藤井寺市北条町で左岸堤防を断ち割って断面調査が実施されています。これは、水はけの悪い北条地区の雨水を排水するため...
    (2016年9月19日 文化財課)
  • 特集展示「玉手山古墳群」

    玉手山古墳群 展示期間 平成28年4月26日(火)~平成28年9月11日(日) 概要 前期古墳として全国的に有名な「玉手山古墳群」...
    (2016年9月14日 文化財課)
  • 堤を築く2

    「川違新川普請大積り」   大和川のつけかえ運動を中心になって進めた中甚兵衛の残した史料が、中甚兵衛十代目の中九兵衛氏より当館に寄贈され、現在は当館...
    (2016年9月13日 文化財課)
  • 堤を築く5

    八尾南遺跡の調査より  2006年、八尾市若林町で大和川から取水するための三箇用水樋の撤去に伴って、右岸堤防の調査が実施されました。やはりつけかえ当...
    (2016年8月28日 文化財課)
  • 堤を築く1

    発掘調査成果からみた大和川つけかえ工事  大阪平野を東から西へと流れる大和川。大和川の両岸には、大きな堤防があります。この堤防は、私たちを洪水から守...
    (2016年8月28日 文化財課)
  • ~玉手山古墳群10~

    玉手山古墳群の被葬者集団  それでは、玉手山古墳群を造営した人たちは、どのような集団だったのでしょうか。大和の政権と対立していたのか、支配されていた...
    (2016年7月26日 文化財課)
  • ~玉手山古墳群9~

    その他の古墳  玉手山古墳群には、100mクラスの前方後円墳よりもやや規模の小さい60~80mクラスの前方後円墳がみられます。また、さらに規模の小さ...
    (2016年7月21日 文化財課)
  • 三田家所蔵水野家文書

    名称(ふりがな) 三田家所蔵水野家文書(さんだけしょぞうみずのけもんじょ)   員数 文書19点   時代 16...
    (2016年7月12日 文化財課)
  • ~玉手山古墳群8~

    玉手山7号墳  玉手山7号墳は、前方部を西に向けた全長110mの前方後円墳です。後円部は柏原市立玉手山公園内にあり、前方部は安福寺の境内にあります。...
    (2016年7月12日 文化財課)
  • ~玉手山古墳群7~

    玉手山1号墳  玉手山1号墳は、丘陵の北端に位置する前方後円墳です。前方部を北に向け、全長は約110mと推定されています。これまでに関西大学、大阪府...
    (2016年7月5日 文化財課)
  • ~玉手山古墳群6~

    玉手山3号墳  玉手山3号墳は、丘陵北寄りではもっとも標高の高い位置にあり、前方部を西南西に向けた前方後円墳です。江戸時代には「松山」と呼ばれ、後円...
    (2016年6月21日 文化財課)